昭和16年から20年にわたる太平洋戦争は、わが国にも国土の荒廃と大量の戦死者及び戦争被災者をもたらした。
とくに、12万8000人に及んだ親を失い家庭を失った子どもたちは、一部は浮浪児化し、食物と親を探し求めて街にあふれました。
青少年の非行犯罪の激増は、社会不安を引き起こし、日本の将来は憂慮すべき事態にありました。
創立者、上川床 久は、この事態を見かねて昭和22年、県下の要保護青少年の健全育成のため社会福祉施設「大隅学舎」を設立しました。
当時の養護施設の実態は、戦災孤児・浮浪児対策に追われ、戦後処理と敗戦による精神的疲弊と物資不足から、生きるための衣・食・住を確保するのがやっとという厳しい状況にありました。
そこで自活のため耕作作業に取り組み、野菜・さつま芋・米等の生産活動をすすめると共に製菓事業を起こし、職業訓練によって園児それぞれが自活の途を学び、社会人として自立していくことを第一義として歩みをはじめました。
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